画家になるための試練だった3つの泥沼エピソード?


 

こんにちは!
 
ファッション絵師の
Shingoです。
 
 
どうして自分は
妥協点を見つけて他人と
同調できないのだろうか?
 
 
どうして自分を
うまく出し切れず
他人に遠慮ばかり
しているのだろうか?

 
 
そんな自分が嫌で
人知れず悩んでいました。
 
悩む
 
人間関係で最も苦しみ
精神的ストレスを抱えた
20歳の
泥沼エピソードを
話したいと思います。                                                                                 
 

「精神的に追い込まれた男子寮での浪人生活」

高校卒業後
現役で名古屋芸術大学へ
進学したものの
周囲の環境と人間に
馴染めずにいました。
 
孤独
 
そんな中
精神的ストレスからくる
体調不良によって1年間
休学する事になりました。
 
 
その間
アルバイトをしながら
考えた末に私は
退学する決意をしました。
 
 
その後、私は
諦め切れなかった
京都造形芸術大学を
再び目指すべく
浪人への道を歩みました。
 
 
当時、地元・三重には
芸大・美大受験の予備校が
無かったので
名古屋にある
河合塾美術研究所へ行き
浪人する事になりました。
 
 名古屋駅
 
実家の三重から愛知の千種
まで毎日通う事が厳しく
結果的に実家を
離れる事になりました。
 
名古屋駅
 
そして
名古屋市内にある男子寮
での専門学校生や
単身赴任のサラリーマン
との共同生活が
始まったのです。
 
 
これまでの
実家での安心出来る
生活環境ではなく
他人との共同生活の中での
人間関係の摩擦により
生じたストレスが原因で
塞ぎ込んでしまいました。
 
ストレス
 
私は1年間、人間関係に
悩み苦しみました。
 
 
まさに生き地獄でした。
 
 
 

 「鉛筆デッサンの優劣による評価で芽生えた競争心」

芸大・美大の実技試験に
おいて最も重要なのが
絵の基礎となる
鉛筆デッサンです。
 
鉛筆デッサン
 
その日に
美術講師から出された
課題としてのモチーフを
自分で考えて組み
決められた時間内で
完成させなければ
ならないのです。
 
鉛筆デッサン
 
絵を描く事が好きで
楽しかったはずなのに
芸大進学のために
必要不可欠な
デッサン力を養う事が
絵を描く事の目的
変わってしまったのです。
 
 
私は
ただひたすら無心で
鉛筆デッサンを
描き続けました。
 
鉛筆デッサン
 
そして
講評会では美術講師達に
よって鉛筆デッサンの
優劣の評価を受ける日々が
繰り返されるのでした。
 
鉛筆デッサン
 
私はいつしか心の中で
 
絵とは他人からの
上手い下手の評価で
価値が決まるものなんだ!
 
と思い込むようになりました。
 
 
自分が描きたい絵を
描くのではない!
 
他人からの好評価を
勝ち取り
認められるための絵を
描く事が
画家として正しいんだ!
 
 
こうして
私の中の画家の定義が
浪人時代に
刷り込まれたのです。
 
 
他人よりも
絵が上手でありたい!
 
画家
 
絵では誰にも
絶対に負けたくはない!
という
むき出しの競争心
芽生えた時期でも
あったのです。
 
 
 

「心の安息場所は、CoCo壱番屋?」

浪人のために
名古屋へ来てから
私は美術研究所での授業と
男子寮での集団生活を送る
日々の中
1人で行動する事が
日増しに多くなりました。
 
 
集団行動が苦手なうえ
精神不安定で自意識過剰
だった事もあり
私はマイペースな単独行動
好んだのです。
 
逃避
 
授業の合間や休日など
私は1人静かになれる
自分だけの心の安息場所を
絶えず探し求めました。
 
 
当時私は
美術研究所周辺にあった
CoCo壱番屋千種駅前店
を1人になれる
心の安息場所として
利用していました。
 
カレーハウス
 
入店し1人静かに
カウンターでカレーを
黙々と食べる。
 
 
その時、店内BGMにて
よく流れていた
当時の辛かったエピソード
の記憶の断片として
今でも残っています。
 
カレー
 
私は
他人とは常に一定の距離を
取った上での
マイペースな単独行動を
好んでいます。
 
 
こうした行動心理は
当時の私を取り巻いた
生活環境及び人間関係が
少なからず影響していると
言えるでしょう。
 
 

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